木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第60回】居室で献杯

 このお盆には、恒例のごとくゆいま~る那須に行ってきました。4泊5日です。新型コロナウイルス感染者が相変わらず増え続けている中でしたが、交通機関も平生と変わりなく運行され、また行動規制もなく安堵しました。

 実はゆいま~る那須へ行く前に、ちょっと立ち寄った所がありました。いやこの表現は正しくありません。どうしても行かねばならない所があったのです。岩手県北上市です。55年来交友のあった友人Sさんが、今年1月に亡くなったのです。葬儀には参列できませんでした。なので、せめて墓前にお線香でも供えたいと思い、ご遺族の奥さんに連絡してお参りに行きました。

 Sさんのことは、第53回「1枚のレコード」の中で述べましたが、私にとっては兄貴のような存在の人でした。

 

 北上は東京から新幹線で約3時間の距離です。車中さすがに長く感じました。久しぶりに駅弁を買いました。いちど食べてみたいと思っていた深川弁当です。車窓の田園風景を見ながら‥‥という積りでしたが、新幹線が早いせいでしょうか、そうした情緒とは何か違う気分でした。それでもあさりご飯は美味しかったです。

 北上駅から車で15分位のところに菩提寺がありました。いざ車から降りて、墓前に向かおうとした時です。いきなり雨が降ってきました。慌てて傘を広げなければならないほどの激しさでした。お線香も傘を差してもらいながら立てました。

 そしてお参りが済み、車に乗った途端、雨はふっと止んでしまいました。不思議なひと時でした。世に言う涙雨とはこういうことを言うのでしょうか。

 菩提寺のすぐ近くにSさんの家がありました。Sさんは民芸品を集めるのが趣味でした。自分では酒を飲まないのに、とっくりや杯を集めたり、珍しい織物などを求めていたようです。思い出の品として何かを貰ってほしいと言われました。私は遠慮なく、酒器とマフラー、そして吉永小百合の写真集を頂きました。Sさんは小百合さんの表情がとても魅力的だと言っておられたのです。

 

 今回のゆいま~る那須では本の整理をしました。本棚とチェストを注文しておいて、滞在中に居室まで届けるよう手配しておいたのです。2013年に居住契約をしてから、川崎の自宅にある本を少しずつ宅急便などで運んできました。それをダンボールの中に仕舞ったままにしてあったのです。9年の間にはかなりの冊数になっていました。今ではどこに何の本があるのか分からない状態です。

 部屋にはまだ家具や調度品もなく、殺風景なのです。少しは部屋らしい趣にしたいと思い、本棚とチェストを購入したのです。本好きの者にとって、気に入った本を本棚に並べる作業は実に楽しいものです。ひと通り棚に並べてみて、改めてその配置を確認する。するといろいろ考えが広がり、この種類の本はこっち側にすべきだとか、作者が同じものはやはり一カ所にまとめたいとか、あぁでもない、こうでもないと、時間が経つのを忘れるほどでした。

 厚みがあって重い本はできるだけ下の段に置くようにしました。上の段は少し空けておいて、本棚がびっしりと密にならないように気をつけました。地震があった時に倒れないようにとの用心からです。重心を下に置くようにしたのです。

 

 本棚とチェストを置いてみると、少しは部屋らしくなってきました。あとは食器棚と洋服ダンス、テレビの置き台などを揃えようと思っています。台所、洗面所、風呂場などを含めた居室の広さが33平米なので、出来るだけ物を置かずにしたいと思っています。これから揃える家具の大きさや、どんな配置にしたものかと、あれこれ想像を巡らすのも楽しい時間でした。

 一段落したところで、Sさんに頂いた形見の酒器でお酒を飲んでみました。数年前にこのゆいま~る那須のことをSさんに話したことがありました。Sさんにゲストルームへ泊まってもらい、自分が将来こうした所で生活するということを知ってほしかったのですが、Sさんは病身で来ることが出来ませんでした。

 頂いた白磁の杯は佐世保三川内焼(みかわちやき)というものでした。杯の中に花模様が添えてある凝った焼き物です。自分では一滴も飲まないけれど、観賞用として求めたのだと思います。

 本棚に吉永小百合さんの写真集を置くと、明るい感じになりました。私もテレビドラマ「夢千代日記」の彼女に魅せられたひとりです。Sさんとの55年来の交友を偲びながら、ひとり静かに献杯をしました。

 

     思い出に頂いた三川内焼の杯