木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第76回】 作家・遠藤周作生誕100年 

 先々週の土曜日、東京都町田市にある町田市民文学館に行ってきました。「作家・遠藤周作展」を見るためです。遠藤周作は今年生誕100年を迎えたとのこと。氏は20余年のあいだ町田市玉川学園に住み、町田市とは大変縁のあった作家だそうです。後年氏の蔵書を寄贈されたことが、この町田市民文学館設立のきっかけになったといいます。

 

 

 氏は「日本人にとってのキリスト教」を文学テーマの基底に据えて、差別、罪の意識、個と権力、人間の弱さなどの心の暗部を描き出し、本当の自分とは何か、悪に救いはあるのか、人生とは、神、信仰とは何かを問い続けた作家です。

 ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルハマスの紛争など、混沌とした国際情勢や社会的不安が蔓延し、いま読むべき文学として再注目されています。遠藤文学の新たな地平から、生きることの意味、未来を灯すメッセージを読み取ってほしいという趣旨で、今回開催されたとのことです。

 

 特記すべきことは、3年ほど前から氏の未発表作品が相次いで発見されたことです。そうした作品が新刊本として書店に並ぶようになったことは、ファンの一人として大変嬉しく思っています。死後27年も経ってこうしたこと(新刊本が出る)が続くのは、出版界では大変珍しいことだそうです。私の本箱にもその新刊本が7冊ほど並んでいます。

         香りも新しい新刊本

 

 実は2007年にもこの町田市民文学館で、開館1周年を記念する特別企画として「遠藤周作展」が開かれたのです。その時にも私は行きました。あれから16年も経っているのです。本当に年月の経つのは早いものだと思いました。

 一度行ったということで地図もろくに調べないで出かけました。町田駅から徒歩8分ということでしたが、恥ずかしいことに迷ってしまいました。今までスマホのマップなど使ったことのない私です。初めて試してみましたが、これも恥ずかしいことに使い方がまるで分らないのです。幸い街頭の案内板が完備されていましたので辿り着くことが出来ました。これからはスマホのマップくらいは使えるようにしようと反省しました。

 

 今回私が「遠藤周作展」に行った目的のもうひとつは、加藤宗哉氏の講演を聴くことでした。昭和43年、当時23歳の大学生だった加藤氏は雑誌「三田文学」の編集手伝いをしていました。その時に1年間という期限付きで遠藤周作が編集長として来たのが、二人の出会いでした。

 当時遠藤氏は「沈黙」を発表したばかりの気鋭の作家でした。接する内に怖くもありまた面白い遠藤氏に惹かれ、やがて師弟関係を結び30年ほどの年月を共にした加藤氏です。他人には決して喋ってはいけないという「秘密」まで打ち明けられた加藤氏とは、一体どんな人なのか、どんなところが遠藤氏に気に入られたのか。そんなところに興味を持ったのです。

 

 冒頭に加藤氏はこんなことを言いました。「死後27年も経って、ますます遠藤周作という人が好きになってきた。まさかこんな気持ちになるとは思いもしませんでした。不思議です」と。それほど遠藤周作という人は魅力のある方であり、またそうした師を持った加藤氏も幸せな人だと感じました。

 加藤氏はキリスト教には無関心な人でした。たとえ師である遠藤周作キリスト教徒であっても、だからといって自分がキリスト教を信じることはないと思っていたそうです。そんな彼に遠藤氏はある仕事を紹介しました。

 キリスト教に無関心な立場から、信者に対して様々な疑問を投げかけ、インタビューをすることでした。また他宗教からカトリックに改宗した人びとの話を、信者でない立場から文章にまとめることも課しました。そうした仕事が終わり1冊の本になる頃、加藤氏はいつのまにか洗礼を受ける気持ちになったそうです。このことは加藤氏の書いた「遠藤周作 おどけと哀しみ」という本で知りました。

 

 遠藤氏は「日本人にとってのキリスト教」を文学テーマの基底に据えてきた作家です。しかし晩年は「神はひとつ」という境地になったそうです。たとえば富士山に登る場合、登り口はいろいろな場所があります。しかし行き着く先の頂上はひとつです。それと同じように、神という頂上を目指すのに、ある者はキリスト教であり、別の人は仏教かもしれない。またイスラム教やヒンドゥー教の人もいる。

 それでいいのだ、めざす神は同じひとつなのだから。たまたま自分の場合はカトリックであったという考え方です。晩年に著した「深い河」という作品はそうした境地から書かれていて、遠藤文学の集大成であると加藤氏は説明されました。

 講演の終わりに質問コーナーがありました。ほんの些細な問いかけにも、加藤氏はひとつ一つ丁寧に答えていました。私は自宅から持ってきた氏の本「遠藤周作 おどけと哀しみ」にサインを貰いました。氏はサインをする時、その本を見て「あ、懐かしい」と言っていました。

生誕100年。これを機に改めて遠藤周作の本を読み直そうと思いました。

       サインもらいました