木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第20回】17年目の春節会

ハローワークでの教育訓練

 今から17年前55歳の時、長年勤めていた靴メーカーを退職した私は、ハローワークでの教育訓練を受講しました。パソコン講座です。ちょうどWinXPが出回った頃でした。ワードやエクセル、パワーポイント、メール、インターネットと一通りのことを3カ月間かけて教わりました。受講料は無料で、失業保険給付金も支給されました。とても良い条件でした。

 勤めていた会社でもパソコンは使っていました。しかしその時に使用していたソフトが、ワープロ一太郎表計算ロータスだったのです。退職して、改めてパソコン事情を見てみると、世間一般ではワードやエクセルを使用しているのが多勢でした。同じWindowsの文章作成や表計算であっても、その操作方法はかなり違っているのです。今までの一太郎ロータスのやり方では出来ません。これではいけないと思い受講しました。

 

■年に1度の集まり

 その時一緒に受講していたのは20名ほどでした。3カ月間の講習が終わった時、せっかく仲間になったのだから、これからも1年に1回くらいは会いましょうということになりました。講習場所が横浜中華街の近くで、終了日が春節(中国の旧暦元旦)の時期だったので、「春節会」と名付けました。

 あれから17年‥‥。現在も年に1回の集りは続いているのです。毎回10名弱が集まります。さて17年も経つと、半数の人は仕事からリタイアしています。町内会の役員をしたり、要介護4の母親を世話している人もいます。毎年海外旅行を楽しんでいるリッチな方もいます。初期の乳がんが見つかり、手術をした人もいます。仕事の合間に好きな落語家の追っかけをしている女性もいます。

 働いている人も殆どが非正規社員です。年度が変わると更新手続きをしたり、転職を繰り返しています。そういう具合に、各自色んなことがあるものです。これはどこも同じで、似たようなことはざらにあります。言わばそうしたありふれた世間話をして、年に1回のひと時を過ごします。

 大事なことは、こうした何でもない事でも、実際に会って、顔を見て、相手の話を聞き、また自分も喋り、聞いてもらうことです。そのこと自体がとても大切なのだと思います。メールや電話、SNSでは味わえない、生の人と人とのふれあいがあります。

 

■人間関係を考える時に

 サラリーマン現役時代、ある上司から言われたことがありました。「人間関係を考える時、雑談やちょっとした会話が何気なく出来るということは、とても大事なことなんだよ」と。確かにそうでした。相手にわだかまりや行き違いがあると、雑談や小話はしなくなります。必要なこと、伝えねばならぬことだけを話し、無駄話はしなくなります。業務上はそれで済むかも知れませんが、人間同士の交流が希薄になります。そして、そうした空気はいつしか回りにも自然と伝わっていくものです。

 最近では、そうした煩わしさから離れるため、最初から余りかかわりを持たないような風潮があります。例えば町内の中でも、挨拶程度はするが、それ以上の交流は感じられません。特に何があったという訳ではないのですが、先ほど言った雑談やちょっとした会話というのがないのです。こうした傾向は個人情報保護法などというものが騒がれた頃からのような気がします。中には門の表札を外してしまった家もあります。

 自分もそろそろ終活を考えねばと思った時、こうした町にこのまま住み続けることが、本当にいいことだろうかと思いました。今の町内にこのまま住んでも、人間同士の交流というものが感じられないからです。

 そんな時に「ゆいま~る那須」を知りました。100年コミュニティという「まち」づくりを目指すシステムの中で、似たような考え方を持った人々と交流し、那須の自然に囲まれて人生の完成期を暮らしていく。「ゆいま~る」という、互いに助け合っていくという考え方にも共感しました。そこでなら、雑談やちょっとした会話が自然と出来るのではないか、そうした期待を抱き入居契約しました。

 

■思わぬ体験も。さて今年は……

 春節会は利害関係もなく年に1回の集まりということで、いわゆる日常生活を送る中でのかかわり合いとは違います。懐かしさもあり、この時間は出来るだけ楽しもうという気持ちも働くでしょう。それでも、17年間も続いているということは、それぞれ何かを大事にしていこうという気持ちがあるからだと思います。

 

 そうした交流を通し、思わぬ体験をすることがあります。例えば、好きな落語家の追っかけをしている女性(Sさん)との間で、こんなことがありました。

 そのSさんが、ある落語会のチケットを購入したが、都合が悪くなったので、よかったら代わりに私に行ってくれないかと頼まれたのです。その催しは、「江戸落語を食べる会」というものでした。それは一体なんなのかと思いました。

 渡されたパンフレットによると、場所は歌舞伎座のお食事処。そこで人気噺家による独演会と食事を楽しむ会なのでした。江戸落語を聴いて、そのお題にちなんだ料理を食べるので、「江戸落語を食べる会」という訳です。

 当日の噺家柳家さん喬師匠でした。私の大好きな落語家です。観客は80名ほどで、すぐ目の前で師匠が語るのを聴けました。当演目の「寝床」にちなんだ食材の入った会席料理が出ました。そうして過ごした約2時間というものは、騒がしい俗世間から離れ、これぞ世に言う大人の渋い遊びかと思いました。

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大好きな落語家、柳家さん喬師匠

 さて今年の春節会では、どんな世間話が聞けるのか、変わった落語会の話でもあるのかと期待していました。ところが今回の新型コロナウイルス騒ぎが浮上。春節会は中止となってしまいました。早く収束することを願うばかりです。