■レモンハイの「シロップなし」
「おや? いつものと違うな……」
出されたレモンハイを口にして、私はすぐに気づきました。いつも飲んでいるものと味が違うのです。明らかにシロップが入っています。
行きつけのラーメン店でのことです。私は週に1度は昼食にラーメンを食べます。そして食前酒と称して、レモンハイを一杯飲みます。昼に飲むアルコールはちょっと得した気分になり、また格別です。
レモンハイというのは、焼酎を炭酸水で割って一切れのレモンを添えたものです。シロップは味を引き立てるために入れるようです。私はこのシロップを入れたものが口に合わないのです。人工的なレモン味が強すぎて酸っぱく感じるからです。
その店でも、1年ほど前まではシロップは入れていなかったのです。ある日、急に酸っぱくなったのでその訳を聞くと、今度からシロップを入れることになったとの返事でした。私がちょっと困った顔をしていたら、「シロップなしと断ってくれれば、今までと同じものを出します」と店員さんが言ってくれました。
以来、私は「レモンハイのシロップなし」と注文していました。その内、何度もそうして「シロップなし」と言うものだから、店員さんも覚えてくれて、「シロップなしですね」と向こうから言ってくれるようになりました。
やがて、私が「レモンハイ」と言えば、暗黙の内にレモンハイのシロップなしが出て来るようになりました。
■見た目は変わらないのに
その日も、いつも通り「レモンハイ」と頼んだのですが、冒頭にあるように、レモンハイのシロップ入りが出されてきたのです。
きっと店員さんがうっかりしたのでしょう。そう言えば私が店に入ってすぐに、10人ほどの団体さんが来て、急に店が立て込んだのです。
店員さんも気がせいたのでしよう。この店ではレモンハイと言えば、通常はシロップを入れるのが当たり前です。私だけ特別なことを、その日はうっかり失念したのです(ちなみにこの店では、飲み物だけは注文を受けた店員さんが作ります)。
まぁ、たまには酸っぱいレモンハイでも飲んでみるか。そう思いながら、チビリチビリと飲んで、ラーメンが出来るのを待っていました。
レモンハイを2分の1ほど飲んだ頃です。別の店員さんが急に来て、「失礼しました。間違えました」と言って、私が飲んでいたコップを下げてしまいました。そして新しい「レモンハイのシロップなし」を持って来てくれました。
意外でした。注文を受けて作った店員さんがそうするなら分かります。後で気が付いたということも考えられるからです。しかし、別の店員さんがそうしたのが不思議です。
「シロップあり」と「シロップなし」と言っても、コップも同じものだし、中身も「焼酎に炭酸水そしてレモン一切れ」で、同じなのです。見た目には殆ど変わりないのです。
「どうしてシロップ入りと分かったのだろう?」と疑問に思いましたが、私の口に合うのを持ってきてくれたのだから異存はありません。飲んでみると、やはりこちらの方が私の舌に合っています。期せずして味を比べる形になりましたが、改めてシロップなしの方が旨いと感じました。
■観察眼と気配りに驚き!
やがてラーメンが運ばれてきました。休日のお昼時とあって、お客さんが増えてきました。やはり家族連れが多いです。店員さんは大忙しです。
ラーメンを食べ終わり会計に行くと、レジにはシロップなしに取り替えてくれた店員さんが立っていました。支払いをしながら、「どうして分かったの?」と聞きました。
50がらみのその女性店員さんは、「色が少し違うので」と笑いながら答えました。なるほどそう言われてみると、シロップ入りは、少しばかり水の色が濃く、シロップなしは殆ど透明に近かったです。しかしこれはそう言われて、改めて思い返すから分かるのであって、何気なく見た時には、ほとんど気づかない位の違いです。二つのコップを並べて見比べれば分かる程度です。
しかるにその店員さんは、カウンターに座って飲んでいる私のコップを見て、すぐに気付いたのです。その観察眼と気配りには驚きます。
私は思わず、「プロは違いますね!」と言いました。彼女は嬉しそうに私の顔を見ました。そう言えば1年前、「シロップなしと断ってくれれば、今までと同じものを出します」と言ってくれたのは、その女性店員さんでした。私が酸っぱい味が苦手ということを、覚えていてくれたのです。
そうした気配りやすぐに中身を替える機転は、その仕事に対してプロ意識を持っているからだと思います。ただ報酬を得るために仕事をするのでなく、それを通して「お客さまに喜んでもらえる」という心がけ。それがまた自分のやり甲斐にもつながる。そうした心意気が伝わるような仕事への取り組み方でした。
昼時のラーメン店は忙しいです。レジが済むと、彼女は新規のお客さんへ注文を伺いに走り寄りました。その姿にはレモンハイのような爽やかさを感じました。