木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第10回】思わぬサイン、そして……!

■楽しみにしていた「好縁会」

 9月28日の土曜日、長かった酷暑の季節も過ぎ、ようやく秋の気配を感じられるような日でした。私はこの日をとても楽しみにしていました。姜尚中氏と玄侑宗久氏の講演会があるからです。

 そのことを知ったのは7月下旬の新聞記事でした。主催は東京新聞大興寺で、題して「こころの好縁会(こうえんかい) in 東京」とありました。好縁会は大興寺(岐阜県揖斐川町)が岐阜県を拠点に平成20年から続けてきた文化講演会とのこと。今回が17回目だそうです。

 平成29年、熊本地震の復興支援に玄侑氏が姜氏の出身地である熊本へ、そして平成30年はその返礼の形で、姜氏が玄侑氏の出身地である福島へ出向き講義をしたそうです。その時、東京新聞と縁ができ、この度の開催に繋がったといいます。東京での開催は初めてだそうです。

 

■心温まるお話ではなく……

 好縁会という、いかにもお寺さんの主催らしい名に、何かほのぼのとした心温まる話でも聞けるのかと期待しました。ところが、示された演題を見て、「これは……」と戸惑いました。

 姜尚中氏の演題は、「令和という時代――私たちはどこから来てどこへ行くのか」。片や玄侑宗久氏は、「『華厳』という考え方」という題です。ほのぼのとは程遠い、とても硬いお話のようなのです。

 

 私は、姜氏のあの物静かな語り口が好きなのです。少しずつ姜氏の本を読む内に、在日韓国人として悩み、内省的な暗い青春時代を過ごして来たこと、そして吃音に悩まされ、それを克服する中で、あのような話し方をするようになったということを知りました。姜氏も私たちと同じように悩める人だったのです。東京大学名誉教授というはるか遠い存在の人が、何か身近に感じられたものでした。そして、『母―オモニ―』(集英社)や『心』(集英社)という小説を読み、氏のことをもっと知りたくなりました。

 玄侑氏はお寺の子として生まれましたが、寺を継ぐ気がなく、青年期には職を転々とし様々な経験をしたといいます。それだけに禅僧としてのお話は個性豊かで面白いものがあります。

 

 お二人のそうした生き方を通した話が聞けるのかと期待しましたが、今回は違うようでした。しかし、このお二人の講演を同時に聞けるなんて、そんな機会は滅多にあるものではありません。場所も日比谷公園近くの日本プレスセンターです。わが家から1時間で行けます。ぜひお顔だけでも拝見したいと、参加の申し込みをしたのでした。

f:id:yu5na2su7:20191023104642j:plain

好縁会が行われた日本プレスセンター

 

■懐かしい街並み

 当日、JR新橋駅から歩いて10分程で日比谷公園に着きました。日本プレスセンターは、日比谷公会堂のすぐ近くです。それにしてもこの界隈は整然として、なんと綺麗な街並みでしょう。まさに塵ひとつないという表現がぴったりです。立ち並ぶビルも洗練された美しい建物ばかりです。

 そういえば、「ゆいま~る那須」を運営している(株)コミュニティネットや(一社)高齢者住宅情報センターは、少し前まではこの近くの有楽町に本社がありました。私が「ゆいま~る那須」へ入居を決めた前後、セミナーに参加したりして、何度か通ったことを懐かしく思い出しました。

 

■キーワードは「多様性」

 講演会場は10階でした。大変な人気で予想をはるかに上回り、370人ほどが集まったと、後日の新聞で報じていました。講演の話は、思った通りむずかしい内容でした。これからの日本やそれを取り巻く世界状況を語る時、どうしても暗くなりがちなのは仕方のないことでしよう。それが今の現実だと思います。

 姜氏は開口一番、「実は、今とても気が重いのです……」の言葉から始まりました。日韓関係がここまで悪化するとは思わなかったと言うのです。氏はナショナリズムが日本社会で沸き立っていることを危惧し、「日本も韓国も多様な社会をつくらないといけない」と指摘していました。その語り口はあくまでも穏やかで、ちょうどゼミで学生に語りかけるようでした。

 

 一方、玄侑氏は張りのある声でした。読経で鍛えた喉でしょうか、よく通る分り易い話し方をされました。また人を惹きつけるのが上手いです。法話で檀家を飽きさせない工夫をしているせいでしょうか。氏は「華厳経は多様性をそのまま認めている。同調することがコミュニケーションではなく、本来は違う物や考え方に出会い、尊重すること」と強調していました。

 その一例として、「昔の学生の中には、一日中ひと言も口を利かない変わり者が、一人や二人は居たものである。しかし誰も咎めることはなかった。そして後年、その変わり者がひとかどの人物になったりしていたのだ」と言って、皆を笑わせていました。

 

■親しみを込めた目で

 今回、何よりも嬉しかったのは、姜尚中氏にサインをしてもらい、その上握手をしてもらったことです。まさかそうした機会があるとは思いませんでした。

 講演の後、ロビーで販売している書籍を購入すると、先生のサインが貰えると案内がありました。私は『悩む力』(集英社)を購入しました。一度図書館で借りて読みましたが、やはり手元に置いておきたかったし、再読もしたかったのです。

 サインをしながら、姜氏は「何処から来ましたか」と聞いてくれました。私が答えると、「川崎なら、ここから近いですね」と受けてくれました。

 私が、「握手をして下さい」と手を差し出すと、親しみを込めた目で私を見てくれました。そしてしっかりと手を握ってくれました。力強く心のこもった握手でした。姜尚中という人がより身近に感じられました。

 ビルを出て見上げると、夕方の空にいわし雲が広がっていました。思い出に残る初秋の一日でした。

f:id:yu5na2su7:20191023104310j:plain

サインをいただきました!!