木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第3回】五大路子ひとり芝居「横浜ローザ」を観て

 

■「ハマのメリーさん」をモデルにした物語

 2回にわたり、ゆいま~る那須について書いてきましたが、今回は私の趣味の一つである観劇について書きたいと思います。

  先月、女優・五大路子さん(以下、敬称略)のひとり芝居「横浜ローザ」を観劇しました。もう何年も前からのことですが、毎年夏の頃になると、新聞や県政たよりなどで公演の知らせを目にしたものでした。ぜひ一度は見てみたいと思っていたのです。

  私は一人芝居のシンプルさが好きです。公演場所が横浜赤レンガ倉庫ということもあり、今回の舞台背景にぴったりでした。

 「横浜ローザ」というのは、戦後の横浜で、娼婦として街頭に立ち続けた伝説の女性「ハマのメリーさん」をモデルにした物語です。

  メリーさんは進駐軍の高級将校を相手にしたとされ、実名さえほとんど誰も知りません。老いてホームレスになっても、真っ白に化粧した顔と白いドレス姿で街に立っていたそうです。馬車道伊勢佐木町周辺の商店主らは、メリーさんの荷物を預かったり、コーヒーを出したりして、彼女を温かく見守ったといいます。

 1995年に病気で倒れ、2005年に84歳で亡くなりました。私の親しい知人も、実際に白塗りのメリーさんをデパート内で見て、驚いたことがあると言っていました。

 

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「横浜ローザ」パンフレット

五大路子さんのライフワークに

 この「横浜ローザ」の初演は1996年4月です。もう23年間続いています。横浜生まれの女優・五大路子のライフワークのような存在だと言われています。何が彼女をそこまで打ち込ませたのか。

 五大路子が初めてメリーさんに会ったのは1991(平成3)年5月3日でした。「横浜開港記念みなと祭 国際仮装行列 ザ よこはまパレード」の審査員をしていた時のことです。白髪のメリーさんに偶然会ったのです。その時のことを五大路子は、次のように述べています。

「ふと左斜め下を見ると、白塗りで腰をかがめて大きな荷物を持ち、前を見据えて立っている女性がいた。私ははっと息を呑み、その彼女の瞳のあまりにも凛とした光に心が吸い込まれた」

「『あなた、あたしをどう思うの。私の生きてきた今までをどう思うの。答えてちょうだい』と強烈なメッセージを投げかけられたような衝撃を受けた」と。

 この時メリーさんは70歳くらいです。ホームレスとして生活していた頃です。その姿をひと目見て、五大路子は惹かれてしまったのです。ひとりの演劇表現者として、彼女の人生をかけた問いを投げかけられてしまったのです。

 それからメリーさんを追いかけ、見えてきたのは、戦争がかつてこの街にあったということ。伊勢佐木町の町中に立つと、かつての横浜が蜃気楼のように目の前に浮かび上がってきたと言います。

 五大路子は作家・杉山義法氏に何百通もの資料を送り届けました。それに心を動かされた杉山氏は、「俺はメリーさんの後ろにいる何十万という人々の日本の戦後史を書く」と言って「横浜ローザ」が産声を上げたのです。

 

「戦争で心を病むのは当然です」

 このひとり芝居は75分間の舞台でした。途中でゲストによるフルート演奏や映像による間合いがあるにしても、75分間を一人で演じるのは大変な集中力を要します。笑いや娯楽性はありませんでしたが、いい意味での緊張感がありました。ローザがどんな女性だったかを示すこんな場面が印象的でした。

 ローザが若い頃世話になった、進駐軍の高級将校にひとり息子(デイビー)がいました。ローザが48歳の時、デイビーが日本に来ました。孤児となった貧しいデイビーのため、ローザは母親代わりとなって面倒をみます。そしてアメリカで大学生となったデイビーに仕送りをします。デイビーが大学を卒業し、ベトナム戦争に駆り出され心を病み、日本に脱走してきます。ローザは言います。

「戦争で心を病むのは当然です。誰だって人を殺したくはない。あなたは正しいのよ」 

 ローザは貯金をはたいて、デイビーをスウェーデン船で逃亡させるのでした。

 戦後、ローザの夫は戦犯の罪により重労働を課せられ、横浜港で夫を見送ったあとローザは米兵に防空壕で犯されました。嫁ぎ先の広島へ帰れなくなり、娼婦になったのです。誰よりも戦争の残酷さ非人間的であることを、身をもって知っているのです。

 

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現在の伊勢佐木町界隈

あまりのことにボ~ッと…

 実はこの日の観劇で、私は思わぬ体験をしました。芝居の中で、商売のためにローザが貴婦人姿で街頭に立っているという場面の時です。

 美しく装ったローザでした。今夜の客をさがすシーンの中で、ローザは舞台から降りて、客席に向かって歩いてきました。なんとローザは私の目を見て、微笑みながら近づいてきたのです。そして1枚の名刺を私に手渡してくれました。

 あまりのことに私はボ~ッとしてしまいました。本物の女優さんをあんな間近に見たのは初めてでした。

 私の手元には、その時の名刺があります。薔薇のイラストの中で貴婦人姿のローザが描かれています。そして五大路子というサインがしてありました。

 芝居のラストシーンでは、白塗りのホームレスとなったローザが街中を歩きます。老いて腰が曲がっています。しかし一歩一歩力強く前を向いて、静かに歩いて行きます。黙って馬車道伊勢佐木町辺りを歩き続けます……。

 その姿こそ、遠い昔 『あなた、あたしをどう思うの。私の生きてきた今までをどう思うの。答えてちょうだい』 と投げかけられたメリーの問いに対する、女優・五大路子の答えだと思いました。

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「ローザ」からもらった名刺