木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第55回】フンガイ

 春です。桜も咲き、日いちにちと暖かくなってきます。新型コロナウイルスも以前のような猛威もなく、外出や人との交流にも少し幅が出てきた感じです。これでロシアによるウクライナ侵攻さえなければ‥‥と、ニュースを見聞するたびに、決して明るくはなれない春の到来です。

 しかし確かに季節は巡っています。我が家の猫ひたいほどの庭にもやってきました。山茶花が終わり、木瓜の花が咲きました。咲き初めは真っ白な花弁も、既に赤みを帯びてきました。椿の花は5分咲きといったところでしょうか。牡丹の花は4月下旬頃に咲きます。小さな蕾が少しずつ膨らんできています。

         咲き初めの木瓜

 そんな庭先に可愛い来訪者が来ます。小鳥の目白です。せわしなく木々を飛び伝い、花弁を啄みます。その愛らしい姿をカメラに捉えようと思うのですが、ちょっとでも人の気配を感じると飛び去ってしまいます。

 同じ鳥でも困り者がいます。ヒヨドリです。大きくて力強いです。花弁を啄むのでなく、むしり取ります。辺りに花弁を撒き散らし、汚していきます。これも敏捷で、ちょっとでも近づくと勢いよく逃げ去ってしまいます。しかしヒヨドリはまだいい方です。逃げてくれるからです。実はもう1種類、困った鳥が来ているのです。鳩です。隣家との境の軒下に棲みついているのです。

 

 あれは昨年の夏ころだったでしょうか。軒下からカサコソと聞きなれない音がしてきました。窓から覗いてみると番いの鳩がいました。鳩は平和象徴の鳥と言われています。公園やお寺などにも集い、心なごませる鳥として親しまれています。そんな鳩がわが家の軒下に来てくれたのです。何か有り難いような嬉しい思いがしました。もしかして子供を産み育てて、ここを棲家としてくれるかも知れない。そんな希望さえ持ったのでした。

 わが家と隣家との境は70cmほどの幅しかありません。人が1人やっと通れる位で、滅多に人も通りません。その軒下ですから、鳩にとっても安全なのでしょう。だんだん長く居るようになりました。しかし、やがて気づいたことなのですが、鳩は夜でも起きて鳴くのでした。その鳴き声も、よく言われるような「ポーッポー」ではなく、「ウゥーウゥー」という押し殺したような声なのです。最初その声を聞いた私は、階下に寝ている母親に何か異変が起こったのかと、慌てて様子を見に行ったほどです。母が苦しみ呻く声のように思えたからです。

 

 鳥などは、普通は夜には寝ている筈です。しかし窓から漏れる明かりや外灯が刺激し目を覚ますのでしょうか。「ウゥーウゥー」という鳴き声は、こちらが寝ている間も続くのでした。鳩は完全に居座り、棲みついてしまいました。「ウゥーウゥー」という鳴き声やカサコソと響く音は次第に大きくなってきました。

 安眠妨害です。その鳴き声も精神衛生上よくありません。これは軒下から出て行ってもらった方がいいと思いました。しかしその頃はもう秋も深まり、夜などは冷え込むようになっていました。こんな時期に追い払ったら、鳩も寝場所に困るだろう。人間も寒ければ、鳩だって同じことだ。せめて暖かい季節になるまでは、我慢しよう。春になったら新しい居場所も探しやすくなる筈だ。その時に出ていってもらおう。と、そんな風に思ったものです。これがそもそもの間違いでありました‥‥。

 

 いよいよ3月に入り、日毎に暖かくなって来ました。鳩のいる軒下を見ようと、久しぶりに窓を開けてみました。驚いたことに、窓の桟や手すりが鳩の糞で汚れ切っているのでした。見るのも気持ち悪いほどの状態でした。半年ばかりの間にすっかり鳩の排泄物にまみれてしまったのです。

 隣家の人にも聞いてみると、やはり糞や羽根、分泌物が窓から入り込んでいるとのことでした。折しも、知人が鳩からの感染による皮膚病にかかり、顔が腫れてしまった話も聞きました。さあ、これはもう鳩を追い出すしかない。窓を勢いよく開け閉めしたり、棒で雨戸を叩いて脅かしたりしました。

 

 鳩は突然のことに驚き、慌てて飛び去って行きました。しかし、しばらく経つとまたもや「ウゥーウゥー」という鳴き声やカサコソと響く音がします。すぐに軒下へ戻ってくるのでした。再び窓を勢いよく開け閉めしたり、棒で雨戸を叩いて脅かします。すぐに鳩は逃げます。しかし、気づくといつの間にか戻っているのでした。

 

 今度は隣家との境まで出て、鳩を睨み付けてやりました。鳩は人の姿を見て、すぐに屋根の方に逃げました。2階の屋根から首を出し、こちらの動向を伺っています。そして、ただ睨み付けているだけで、何もされないと分るや、再び軒下に戻っていくではありませんか。その落ち着き払った姿は、まるで人間を小馬鹿にしたような感じです。癪にさわります。ただ睨み付けているだけでは駄目なのでした。鳩も学習をするのです。

         様子を伺っている鳩

 次は長い棒を用意して脅かしました。さすがに驚いて逃げ出します。そして近くの屋根に飛び移り、またもやこちらの動きを伺っています。私も、いつまでもそうしていられません。家の中に入ります。するとまたもや「ウゥーウゥー」という鳴き声やカサコソと音が響くのです。鳩はすぐに軒下へ戻ってくるのでした。

 かれこれひと月近くもそんなことの繰り返しです。動物は、いちど棲家を作ってしまうと、容易にそこから出ていかないものなのですね。鳩も自分の生活を守るのに必死です。さりとて、こちらにも生活があります。あの糞被害には黙っていられません。

 さて、これからどう対処していったらいいものか。ともかく、この鳩の糞害に憤慨している私です。これは決して駄洒落を言っているのではありません。