木もれ陽ベンチ

神奈川県川崎市在住の70代後半男性。栃木県那須町の高齢者住宅「ゆいま~る那須」を契約。90代後半の母の介護があり完全移住ではありません。現在は別荘気分で使用しています。

【第27回】朝日医師の「最後に一番大切なもの」

 言行一致の人

 私がゆいまーる那須への入居を決めた理由のひとつは、その設立構想に完成期医療福祉という考えがあるからでした。人間は必ず死ぬ。しかし、死を終わりと思うのでなく、人生の完成と捉える考え方です。できれば自分らしく悔いのない最期でありたい。ゆいま~るコミュニティという集団の中で、お互い助け合ってその実現に向かって生きて行こう。「死」を考えることは、より良い「生」を考えるという立場に立っています。そうした「死」を考える上で、「すごい人がいるな」と印象強く残った人がいます。今は亡き朝日俊彦医師です。

   今から11年前のことです。夜中に何気なく点けた「NHKラジオ深夜便」で、朝日医師の対談放送が流れていました。聞いている内に、氏が末期の胃がんに罹り、余命も長くない、もうすぐ自分は死ぬのだということを言っておられました。しかしその口調には悲壮感など微塵もなく、まるで世間話をしているような、淡々と時には笑い声さえ交えて語っているのでした。

 実はそれより以前に、テレビNHK「心の時代」の番組で、氏の対談を見たことがあるのです。「大往生のすすめ」という番組でした。人間は必ず死ぬものだ。だから日頃からいろいろ準備をしておきなさいよ。死の間際になって慌ててもダメなんだというようなことを、四国訛りの人懐っこい口調で語っていました。

 余命いくばくもない癌の末期にあって語る時も、テレビ放送「大往生のすすめ」で明るくユーモアを交えて対談していた時も、全く変わらないのでした。あぁこの人は本物だ。死生観をしっかりと持っている方だと感動しました。

 朝日医師のことをもっと知りたいと思い、その著『死ぬまでに、やっておきなさい』(主婦と生活社)の本を読んでみました。

 

意外と難しい生きがい探

 そこでは生老病死について、4つの章に分けて書かれていました。その中で特に印象に残ったのは、「今死ぬとして、何をやり残しているか、本当にしたいことは何か」を考えておくようにという教えでした。それが自分らしく悔いのない生き方につながるのだと。

 人間は生きがいを持って生活をすることが大切だと言われています。しかし朝日医師が感じることとして、案外みんな漠然としていて、そのことをよく考えていないようである。生きがいを見つけることは、思っている以上に難しいということです。

 「どんな時に生きがいを感じますか」と問うと、例えば、運動した後に飲むビールとか、疲れた時に入る温泉などと答える人もいます。こうした身体の喜びを生きがいと思っている方もいるが、目指すべき生きがいは、永続性のあるものであって欲しい。感じ方としては、おいしそうなお菓子を自分で食べれば嬉しいが、それを孫に与えることで、孫が嬉しそうに「ありがとう」と言って食べている姿を見て喜んでいる自分、それが生きがいに近い姿だと言われます。

 

 何故生きがいを見つけるのが難しいのか。それは多くの人が、死はず~と先にあるもの、死ぬということについては考えたくない、考えないようにしているからではないか。このように、死を考えていない人にとって、人生には終わりがないので、終わりまでにしておかなければならないことや、しておきたいことについて、真剣に見つけ出す作業は避けてしまう為だと言われます。

 そこで発想を変えて、「死にがい」を考えることを勧めています。つまり、「今、死ぬとして、何をやり残しているか、本当にしたいことは何か」を考えよというのです。

 死が避けられない状況になった時、自分が何をしたいのかをはっきりとさせることはとても大事である。そこにおのずと優先順位というものがつく。当然のことながら優先順位の高いものから手掛けるようにする。そうすることで安心が得られる。

 これだけは済ませておきたかったというものがあれば、それを済ませることで気持が落ち着くものである。では自分にとって優先度の高いものは何か。何が大事かを知る方法として下記のやり方を紹介しています。

 

■人生で「たった一つだけの大切なものを選ぶ」チェック方法

質問1.あなたにとって、目に見えるもので最も大切なものを3つ書きだして下さい

    (例:お金、指輪、スマホ、預金通帳、車、家など)

質問2.あなたにとって、最も大切な人(生きもの)を3人書きだして下さい

   (例:夫、妻、子供、母、父、孫、恋人、友人、ペットなど)

質問3.あなたにとって、最も大切な趣味や習慣、習い事を3つ書きだして下さい

      (例:ボランティア活動、ウオーキング、山登り、ゴルフ、活花、囲碁、将棋、

      読書、映画、音楽鑑賞など)

質問4.あなたにとって、目に見えないもので、最も大切なものを3つ書きだして下さ

    い 

      (例:愛、信頼、勇気、絆、友情、正義、優しさ、思いやりなど)

 

 このようにして、あなたにとって大切なものを分類別に、全部で12個選びます。時間をかけてじっくりと考えて下さい。そして次の作業として、捨てることを学ぶのです。以下の質問に答えて下さい。

A) あなたは不治の病に侵されました。残りの寿命は6カ月であると言われました。残  された時間が限られたことで、自分のしたいことをさらに絞り込まなければなりません。選んだ12個の中からまず6個捨てて下さい。

B)  目の前に6個の大切なものが残りました。しかし、残された寿命は3カ月を切りました。たくさんのものを抱えて生きるのは困難です。さらに3個捨てて下さい。

C) 3個残りました。しかし、もう寿命は2週間を切りました。最後まで残しておきたいものは何でしょうか。残っている3個の中から2個を捨てて下さい。

 

 こうして1個が残り、自分にとって真に大切なものを確認するのです。多くの大切なものを捨てることで執着を去る練習にもなると言います。そして、自分が最も大切にしなければならないものを、いかにして充実させるか。それが生きがいの発見につながり、又これからの人生で行うべき課題となるというのです。

 朝日医師が講演会などで、このチェック法を実施したところ、最後の一つは4(目に見えないもので、最も大切なもの)から選ぶ人が多かったとのことです。特に「愛」という言葉が最後に残るものとして一番多く、高齢者では「信じる」が人気とありました。

 

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朝日先生の著書

■「あの世」を信じる自由

 また、朝日医師は対談の中で、「あの世があると思うことも死を考える上で大事ですよ」と言っていました。あの世があるか、ないかは確かに分からない。だったら、あると信じた方がいいですよと勧めています。その例えとして、こんな話をしていました。

 夫に先立たれた妻の中で、どんな人がその後安定した生活を送っているかと調査したところ、死の間際、夫に「ありがとう」と感謝の言葉を贈られた未亡人という結果が出ているそうです。そして自分が死ぬ時には、その先立った夫に迎えに来てほしいと願うそうです。

 あの世があるとすると、やはり、一人ぼっちでは不安が先立ちます。まったく知らない世界で一人いるというのは、孤独と不安で、恐怖でもあります。ところが、よく知っている人が迎えに来てくれることで、安心出来るというのです。

 

 朝日医師は、胃がんの末期が判ってから1年後、2009年12月30日に逝去されました(享年63歳)。斎場には3分30秒の氏自身の録音メッセージテープが流れ、家族やお世話になった方々への感謝の言葉が伝えられました。また、ご母堂がそうされたように、ご自身も会葬御礼のはがきの文面は自分で考えられたとのことです。

 氏はきっとあの世でご母堂と再会し、「ほんとに暫しのお別れだったね。これからは、ずっと一緒だよ」と、二人で手を握り合っているに違いありません。

 そして、「皆さんもあの世を信じなさい。信じれば、こんなに良いことがありますよ。でも、信じる、信じないは、あくまでもあなたの自由なのですよ」と、あの四国訛りの、優しい声と笑顔で語りかけているような気がします。